今の仕事は三月に、
「定年」と定められた年齢と同時に、
雇用期間満了という形で終わる。
振り返れば、去年の前半までは、
ずっしりと重たかった。
ずいぶん、もがき苦しみながら
仕事をしていたと思う。
それでも少しずつ、
頭の中や心の中が整理できるようになり、
一歩引いて物事が見られるようになると、
自分を否定することが減っていった。
その影響なのか、
仕事にやりがいを感じ始め、
上司との会話も
卓球のラリーのように返せるようになった。
たまに打ち込まれるスマッシュも、
以前より素早く返せるようになった。
そういう流れで迎える退職は、
心と現実のタイミングが
うまく重なっているようで、
とても心地よい。
定年と言われる年齢で、
仕事が一区切りつく。
人生の中の一つの章を閉じるタイミングとして、
今はそれを受け止めている。
それは終わりではなく、
人生を一度、整える合図のように思える。
人間関係も、仕事も、感情も、
必要なものだけを残す節目にしたい。
無かったことにするのではない。
クリアできないステージを消して、
やり直すわけでもない。
ゲームのように、
簡単にリセットするのとは違う。
リセットではなく、整理するという感覚だ。
整理するというのは、
すべてを手放すことではなく、
何を残すかを
自分で選ぶことなのだと思う。
そして、
今までのステージの整理がついたら、
人の期待に応えるような生き方は、
もうしない。
たくさんある選択肢の中から、
無理をしない生き方を、
自分で選び取っていきたい。
新しい年になったからと言って、
何かを急いで始めなくていい。
だから、今年の目標は立てていない。
目標を立てると、
それに縛られて、
また頑張ってしまいそうだから。
自分の感覚に従って
生きてみたいと思っているけれど、
それがどこまでできるのかは、
まだわからない。
キリギリスのようには
生きられないかもしれない。
私は子年生まれだから、
「エッホエッホ」と言いながら、
食べるために
動き出してしまいそうな気もしている。
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