「新人さんにイライラする私は、なんとも滑稽である」

仕事と私

私は最近、職場で滑稽な自分に気づいた。

2月から、新しくパートさんが入職した。
年齢は61歳、女性。
事務のパート歴も長く、
パソコン操作ができるかどうかは、
面接のときに確認済みとのこと。

同じ部署ではあるが、私とは業務内容が違う。
なので、新人教育は同じ業務の人がする。
席も隣合わせで、担当の人が教えやすい配置になっている。

新人さんの席は私の斜め前なので、
最初のうちは線を引いていた。
「それは担当さんに確認してくださいね」
「私は別の業務だから、担当の人に聞いた方がいいですよ」

ただ、そう言ってばかりもいられない。

ある日、困っている様子だったので、
いつもより丁寧に説明した。
そしたら、
私の口調に力が入り、
少しきつい言い方になってしまった。

私だって最初は分からないことだらけだったのに。

それが心に引っかかって、
反省の意味も込めて、
「もっと、きちんと教えてあげよう」
と仏心が出てしまったのである。

――しまった、と思ったのはその直後だった。

ここぞとばかりに聞きに来る。
あれもこれも。
操作も、手順も、確認も。

しかし、優しく説明しようと思いながら、
ついイライラしてしまう。
どうしてそんなところで戸惑うのだろう。
どうして自分で考えてできないのだろう。

パソコン操作に戸惑う新人さんの背中を見ながら、
ふと気がついた。

――私だって、できなかったじゃないの。

電話を取るのもおぼつかなかった。
処理の流れもすぐには覚えられなかった。
分からないことだらけで、
周りの顔色ばかり見ていた。

あの頃の私は、
きっと今の新人さんと同じように、
頼りなくて、ぎこちなくて、
見ている先輩をイライラさせていたはずだ。

それなのに今の私は、
そんな昔の自分をすっかり棚に上げて、
新人さんの一つひとつの動きに眉をひそめている。

同じ道を通ってきたはずなのに、
「なんで、できないかなぁ~」と思ってしまう。

新人さんが特別に覚えが悪い訳ではない。
かつての私も同じように処理できなかった。
ただ時間をかけて覚えてきただけだ。

それを分かっているから、優しくしようと思う。
分かっているのに、それでもついイラついてしまう。

新人だった頃の自分を忘れているわけではない。
覚えているのに、優しく教えられない私。

どうやら私は、
自分で思っているよりずっと未熟だ。

この未熟さは、
仕事ができないという意味ではない。
新人の気持ちも、
自分が通ってきた道も、
ちゃんと分かっている。
優しくしなければと思う気持ちもある。

それでも目の前の出来事に
感情が先立ってしまう。

理屈では理解しているのに、
心が追いつかない。
そんな不器用さが、私の未熟な面である。

新人さんに教えながら、
実は自分の未熟さを曝け出している。
苦笑いするしかない。
なんとも滑稽な話である。

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