折羽をついて遊んだお正月の思い出

日々の小さな幸せ

お正月といえば、
親に買ってもらった羽子板で遊んだ記憶がある。

私には、2歳下の弟がいる。
その時期、弟と羽子板で遊ぶのが恒例になっていた。

冷たい空気の中、二人で庭に出て、
羽子板を持って構える。
ワクワクしながら、折羽を弟に向けてつく。

でも、折羽は、思うように飛んでくれない。
二回、三回続けばいい方で、
右に飛んだり、左に飛んだり、
遠くに飛んだり、手前に落ちたり。

そんなふうで、私と弟はすぐに飽きてしまい
羽子板遊びをやめて、家の中に入っていた。

当時は、
「私が下手なのかな?」
「いや、弟が下手なんだ」
もっと上手に打てたら、
もっと続いたはずだと思っていた。

でも、今になって考えると、
そもそも折羽の作りが、
何度も打ち続けられるようなものでは
なかったのではないかと思う。

軽くて、形もいびつで、
少し風が吹いただけで、動きが変わるなんて。
だいたい、集中力や技術だけで
どうにかなるものじゃなかったんじゃないの?

子どもの頃は、
うまくいかないことがあると、
すぐに自分のせいにしたり、
周りのせいにしてしまう。
できない理由を、
悪いことだと決めつけ、
その犯人を探してしまう。

大人になって、
こうして記憶をなぞってみると、
条件が整っていなかっただけのことも
たくさんあったのだと分かる。

羽子板の折羽みたいに、
最初から無理な前提で
頑張っていたこともあったのだろう。

一歩引いて見てみると、
責めなくても良かった自分が、
ふわりと浮かび上がってくる。

お正月の羽子板は、
そんなことを思い出させてくれる。

時間を一気に遡り、
折羽が落ちたあの庭先へ、
記憶の中の暖かな場所へ、
連れて行ってくれる。

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