退職後の静かな時間は、きっと次に繋がっている

日常の気づき

退職して22日目。

外の出来事がなくなったせいか、
書く内容が何も浮かんでこない。

仕事のストレスも、人とのやり取りも、
心に引っかかるような小さな出来事すらない。

今までは、外からの刺激があったから、
書けていたのだと思う。

今は、静かな毎日。心も整っている。
大きな出来事もなく、
忙しい日々から解放された時間を味わっている。

だからこそ、書けないのかもしれない。

4月1日を境に、
少し立ち止まっているような感覚があって、
思考も静かになっている気がする。

あれほど望んでいた穏やかな毎日なのに、
どこかに、少しの物足りなさもある。

そんな中で、15年前のことを思い出した。

とても精神的に辛い時期があって、
息をするのも苦しいほどだった。

「何も感じたくない」と
長い時間、床に転がっていた。

でもその時、ふと、

「何も感じない世界にいたら、
 いつか何かを感じたいと思う日がくるのかもしれない」

そう思ったことがある。

あの頃は、辛さの中で静けさを求めていた。
今は、整ったあとの静けさの中にいる。

同じ“静けさ”でも、意味はまったく違う。

そして人はやっぱり、
完全な無刺激の中では満たされないのかもしれない。

少しの刺激を求めながら、
その中で、自分にちょうどいいものを選ぼうとしている。

こんなことを書くと、
「なんて悠長なことを」と思われるかもしれない。
実際、現実は厳しいし、
少しの刺激どころか、望みもしないような試練が
勝手にやってきたりする。

そういう中でも、人にはそれぞれ、
その人に合ったフェーズがある。

私はこの静けさの中で、
自分にとってちょうどいいものを探している。
この静けさも、
きっと次に繋がっていくのだと思っている。

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