パートではあったけれど、
定年という形で仕事を終えた。
ひと区切りのお祝いも兼ねて、旅行に出かけた。
旅行先のホテルに着いた日の夜のこと。
移動の疲れもあって、ベッドに横になったら、
そのまま少しだけ…のつもりが、
しっかりとうたた寝をしてしまった。
ボヤ―っと、眠りが浅くなってきた瞬間。
「あ、今何時?」
「え、今日って何曜日?」
「仕事……間に合う?」
頭の中で一気に警報が鳴り出して、
ほんの数秒、完全にパニックになった。
「……いやいや、もう仕事してないでしょう」
自分で自分にツッコミを入れて、思わず笑ってしまった。
これ、退職した人によく起こるって聞いていた。
時間の感覚が、まだ体に残っているからだって。
でも、私はなかなか起こらなかった。
毎日が静かに流れていて、
「いつ、起こるのかな?」と楽しみ半分、
「忘れた頃、起こるのかも?」なんて思っていたくらい。
それが、まさかの旅先の夜に発動。
しかも、旅行という完全な非日常の中で。
長い間、同じ時間に起きて、同じように支度をして、
仕事に向かっていた日々。
その積み重ねは、
深く体に残っているんだなぁ。
でも同時に、
「もう急がなくていいんだ」
という現実が嬉しかった。
時間に追われていた頃の自分と、
今、ゆるやかに時間を感じている自分。
その切り替わりの途中に起こる、小さな錯覚。
それは、「仕事を辞めた」という事実を、
自分に言い聞かせる、という感覚だった。
長い間続けてきた生活のリズムの上に、
新しい時間の流れが重なり始めている。
あの夜の小さな錯覚は、
これまで続けてきた生活の名残。
けれど、
時間に追われていた私から、
時間の中で自分を感じる私へ。
今の私は、その間にあるジャンクションを、
ゆっくり通り過ぎている。
その切り替わりの途中で起きる小さな変化。
でもそれは、これからの私にとって、
きっと大事な一歩になっていくのだと思う。

