「もう働かないと思ってた」と言われて

仕事と私

退職してから、
私は毎日のように仕事を探している。

求人情報を見て、
条件が合うかを見て、
「私に出来るだろうか」と考える。

この年齢になっても働く理由と言ったら
生活費のためである。
月々の年金だけでは、やはり厳しいから。

それと同時に、
私は別のことも考えている。

私は、
どんな働き方をしたいんだろう。
どんな場所で、
どんな気持ちで働きたんだろう。

と、そんなことをすり合わせながら
求人情報を見ている。

先日、元同僚のパートさんから、
こんな話を聞いた。

ある派遣さんが、
「もう、あの人(私)は働かないかと思ってた」
と言っていたらしい。

その話を聞いた時、
私の心はチクリとした。

“もう働かなくてもいい人”に見えていたのに、
「働くみたいよ」と聞いて、反応した言葉なのだと思う。

悪気はない言葉だとわかっている。
ただ、私の中で、モヤモヤしたものが沸き上がってきた。

”本当は働かなきゃいけない人”
と思われたのかな?

何か私の懐事情を覗かれたような気がして
少し、恥ずかしい気持ちにさえなった。

生活のために働く。
それは現実としてある。

年金だけで、
悠々自適に暮らせるわけではないから。

だけど私は、
ただ「生活のために働く人」だと思われることに、
少し抵抗を感じる。

見栄っ張りだから?
いやいや、
実際私は、かなり見栄っ張りなのだから。

「生活のために働く人」だなんて思われたくない。
同じ働くなら、他の人から見ても
“素敵に働いている”と思われたい。

静かな場所で。
落ち着いた空気の中で。
少し知的で、
自分らしく。

誰かに、
「なんだか素敵な働き方ですね」
と言われたら、
きっと嬉しい。

いや、かなり嬉しい。

仕事の条件と理想を付き合わせながら、
働く自分を想像してみる。

納得して働いているかな?
その仕事をしている自分を、
好きでいられるかな?

だから仕事を選ぶ時も、
時給や条件だけでは決めきれない。

見栄っ張りの私は、
ただ生きるためだけではなく、
“どんな自分でいたいか”を抱えながら生きている。

大事にしていることは譲れない。
そんなことばかり考えているから
なかなか応募にいたらない。

そして今日も私は、
求人情報を見ながら考えている。

生活のため。

いやいや、それだけじゃない。
少しでも、自分の理想を満たすため。

そして、
“こうありたい自分”を、諦めたくないから。

どんなふうに働きたいのか。
どんな自分でいたいのか。

仕事探しは、
今後の私の人生探しでもあり、
生き方探しのようでもある。

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