調剤薬局の仕事を辞めた。
勤務期間は短かった。
だから、履歴だけ見れば「すぐ辞めた人」に見えるかもしれない。
でも、私の中では、ちゃんと理由がある。
私は、自分を委縮させながら働き続けたくなかった。
大学病院で医療事務の仕事をしていた私にとって、
薬局の仕事は、また違う医療の現場として興味があった。
家から近いこともあり、条件も合っていたので、
長く勤めたいと思い頑張っていた。
メモも取った。
分からないことは、見て、聞いて、覚えようとした。
忙しいことも、嫌ではなかった。
最近では、患者さんが続けて来られた日も、
滞ることなく、ミスもなく捌けるようになっていた。
だから、辞めた理由は、仕事ができなかったからではない。
忙しかったからでもない。
薬局の仕事を甘く見ていたからでもない。
私が無理だと思ったのは、先生の言い方だった。
「常識でしょうが」
「薬局の仕事は大変なんですよ。甘く見ちゃいけませんよ」
そんなふうに、怒りに任せて決めつけるように言われることがあった。
でも、その「常識」は、本当に常識なのだろうかと思っていた。
私には、それが先生個人の尺度に見えた。
先生の長年のやり方。
先生の中の当たり前。
そして、先生の気分。
それを「常識」という言葉にして、
こちらに押しつけているように感じた。
私は、薬局の仕事を軽く見ていたわけではない。
できるようになりたいから、
流れを覚えようとしていた。
ミスをしないように確認していた。
それなのに、仕事を覚えようとする行動まで、
責められるような言い方をされた。
仕事をしながら、私は思っていた。
これは、仕事を覚える大変さとは違う。
人の機嫌や言い方に、毎回こちらが合わせていく大変さだ。
そして、長年勤めているパートさんに対する先生の態度も見ていた。
もし私がこの先、仕事を覚えたとしても、
先生の言い方は変わらないのだろうなぁ。
誰かが休んだ時。
忙しくなった時。
先生がピリピリになった時。
そんな先のことを考えてどうするの?
起こるかもわからないことを想像して、
不安になってどうするの?
そう気持ちをリセットしながら、
出勤していた。
先生が怖いとか、仕事に行くのが憂鬱とか、
そういうのはなかった。
けれど、仕事を覚えても、
先生の態度が変わらないのは辛いな。
そう思っていた矢先、
私が処方箋をコピーしていたら、
紙詰まりを起こしてしまった。
その後、私は何も仕事をさせてもらえなかった。
「もう何もしなくていいから
そこに立ってなさいっ」
私には、立って待機しておく場所を
先生に指定されている。
私は、特に腹も立たなかったし、
情けないとも思わなかった。
恥ずかしいとも惨めとも感じなかった。
「コピーの紙詰まりで立たされるのか。
今、小学校でさえ立たされるのは
問題になるのに……」
そんなことを考えながら、
時間が来るのを待っていたら、
「辞めるなら今日しかない!」
そんな気持ちがムクムクと湧き上がってきて、
もう私の決心は、そこで固まった。
若い頃なら、仕事は学ぶものだからと、
理不尽な指導にも耐えたかもしれない。
でも、今の私はこの職場で、
そこまでして学びたいとは思わない。
私は、忙しい仕事が嫌なのではない。
新しいことを覚えるのが嫌なのでもない。
ただ、自分を委縮させて働くことはしたくない。
辞めることを伝えた時、私は言った。
「忙しいのは、ぜんぜん平気です。
スムーズに捌けたら、とても嬉しいです。
でも、先生の要望には応えられそうにありません」
これは、私の本音である。
そして、
「このまま続けたら、自分らしさを打ち消して
仕事をしなければいけなくなる」
という自分の声に、突き動かされた。
私はこれまで、働くために、
自分の気持ちを後回しにしてきたことが何度もあった。
その場に合わせること。
言われた通りにすること。
波風を立てないこと。
それが、働くということだと思っていた時期もある。
でも、今の私は、
自分らしさを消してまで働き続けたいとは思わない。
仕事はまた探せばいい。
けれど、自分を小さくしながら働くことを、
当たり前にはしたくない。
今回、仕事を辞めたことを、逃げだと思われてもいい。
褒められる辞め方ではないけれど、
決して、衝動的に決めたことではない。
だから私は、辞めることを選んだ。

